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第1回 環境智セミナー
グリーン・ワイズは、自然の叡智に学び、その魅力や機能を生かすことで、 「人と緑が共生できる環境づくり」を目指しています。 この活動の一環として、この度、「第1回 環境智セミナー」を本社エントランスホールにて開催しました。
セミナーには、環境や生物多様性の第一人者であるお二人をお迎えし、世界的な動向を踏まえながら、企業の生物多様性マーケティングに焦点を当てて議論を深めました。
「生物多様性マーケティング」とは、企業が生物多様性を保全し、創出するマーケティング活動を行なうという考え方。
「今、ビジネスに活かす生物多様性」
足立直樹氏/理学博士 株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役
企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)事務局長
「生物多様性」は一過性のトレンドではない
生命誕生38億年の歴史の中で育まれてきた豊かな生物多様性が、このわずか百年程の間にかつての10,000倍にも及ぶ異常なスピードで損失しているといわれています。そしてそれに多大なる影響を与えているのが他でもない私たち人間の活動です。
食料品や衣服、水やエネルギー資源など、私たちの生活は生態系のもたらすさまざまな恩恵によって成立しています。生物資源の持続可能な利用やその利益の公平な配分は、生態系からの恵みで事業活動を行っている企業にとってはまさに直接的な責任をともなう重大な課題であり、このことは国際的にも益々強く認識されつつあります。
「生物多様性」という言葉は、今年10月に名古屋で生物多様性条約第十回締約国会議(COP10)が開催されることからにわかに注目を集めている印象がありますが、私たち人類にとって本質的に重要な課題であり、これからの時代のキーワードであるということを改めて認識する必要があります。
ビジネスに直結する課題としての「生物多様性」
今企業に求められているのは、サプライチェーンを含めた事業活動全体を見直し、本業と生物多様性との関連性を正しく掌握することです。生物多様性オフセットや認証製品など、生態系配慮型製品・サービスの市場は拡大傾向にあります。
自社の事業活動が生物多様性に与える負荷を理解しその対応を行なうことや、法規制や資源の枯渇といった将来起こりうるリスクに備えることはもちろんのこと、生物多様性を戦略上のチャンスと捉え、早期的に取り組むことによって企業の付加価値を高め、国際的競争力の向上に結びつけていくことも可能です。
そのためには先ず、生物多様性を「生きもの」「自然保護」の問題という認識だけではなく「ビジネス上の課題」として捉え直し、いち早く取り組みを行なう積極的な姿勢を持つことが重要といえるでしょう。
「HEP から始まる生態系保全の企業活動」
田中章氏/農学博士 東京都市大学環境情報学部大学院准教授
環境アセスメント学会常務理事
開発によって失う自然を補償すること
開発に伴い消失する野生生物の生息地を、開発事業者の責任で別の場所に代償する。人間の住居には当たり前のこの視点を、野生動物にも当てはめたのが「生物多様性オフセット」の考え方です。
一方、HEP(ヘップ)は野生生物の生息地に対する人間活動の正負の影響を定量的に評価する手法として、アメリカの環境アセスメント用に開発され、現在では世界の多くの国々に普及しています。日本には生物多様性オフセットを定めた制度が存在せず、国際社会の潮流から見ても遅れをとっているのが実態です。
定量的に評価することが、可能性の開拓につながる
生態系は地域的特性が大きく一般化が難しい、あるいは情緒的観点を損なうという視点から数値指標を用いることに否定的な意見も存在します。
けれどもHEPのような定量化や「ノーネットロス」のような客観的な評価基準を持つことによってはじめて複数のオプションを比較検討し、具体的かつ有効的な対策を講じることやそのモニタリングが可能となります。「開発により損なわれる自然は補償されなくともよい」とも受け取れる制度不在の日本の現状は、世界的にも極めて異例です。COP10が開催されることを受け、日本においても生物多様性オフセットへの関心が高まってきました。企業もこういった国際社会の潮流を理解し、今からその取り組みを意識することが重要でしょう。確かに日本は海外と比べ狭い領域での開発案件が多いです。
けれども都市部の緑地やモザイク状に散りばめられた小規模な自然も、またそうだからこそ、うまくネットワークしていくことにより、生物多様性の保全に寄与する有効な施策をうつことができるはずです。生物多様性オフセットの経済手法版である生物多様性バンキングについても、日本の実情に即した「里山バンキング」を含め、さまざまな可能性を模索することが重要だと考えています。
トークセッション 「新たな価値を生む生物多様性マーケティング」
・パネリスト/
足立直樹氏、田中章氏、田丸雄一
・モデレーター/伊江昌子氏
生物多様性への取り組み。具体的にはどこから着手すればよいのでしょう(伊江)
足立:事業活動におけるリスク、チャンスの両面から検討してみるとよいでしょう。生態系への負荷を考慮した取り組みは、開発時に生じうる社会的批判の回避や将来予測される規制強化への備えにもなりますし、生態系への取り組みを差別化要因としたプレミアム市場の開拓も考えられます。
法整備の遅れている日本。遠い将来に備えるイメージが抱き難いのでは(伊江)
田中:生物多様性オフセットや戦略的環境アセスメントは生物多様性保全には不可欠なものであり、今や世界的潮流にもなっていることでもあり、日本にも必ずその流れが訪れる時が来ると思います。
足立: COP10では各国が取り組むべき数値目標が話し合われますので、それに伴い法制度の改正も促されるでしょう。また規制対応といった受け身の姿勢ばかりではなく、欧州でみられるようにNGOや市民団体と連携して新しい枠組みをつくり、より積極的に仕掛けていくことも可能でしょう。
コスト負担など、生物多様性オフセットへの取り組みはハードルが高いように思います(伊江)
田中:世界的には開発事業者がコストを負担する「汚染者負担の原則」が一般的です。一方で、日本でも緑の税といった「受益者負担」の考えが浸透しつつあります。受益者負担の前に汚染者負担が求められるのは当然の流れです。
今後、生物多様性オフセットは、自然再生推進法による自然再生事業の活用や市民のボランタリーな活動と連携するなどの可能性も考えらます。
既に生態系が失われている都市部ではどんな取り組みが有効でしょうか(田丸)
田中:屋上や壁面などに新たに緑を導入し、生き物の生息地としての機能をより豊かにする「プラスを生み出す」発想を持つことが必要です。
足立:定量的指標を用いた実効性のある管理を行ない、その成果に対する客観的評価を付与することによって土地に付加価値を持たせることもできます。
一社がその管理領域において取り組むだけでは不十分ではないでしょうか(伊江)
足立:アメリカなどでは開発事業者の所有範囲が広く「街全体を開発し、その価値を高める」という視点がありますのが、確かに日本の土地開発の現状を考えると難しさがあります。業界を越えたネットワーキングも課題といえるでしょう。
生物多様性の第一線での活動。その原点にあるものは(伊江)
田丸:質のよい緑や豊かな暮らしを提供するためには人為的施策だけではなく、生き物や自然の力を借り、その相関関係を活かした取り組みが大切だと感じてきました。この実感が生物多様性を大切にする想いに通じているのではと考えています。
足立:生態学の研究者としてマレーシアの熱帯雨林の調査をしていたある日。一面に広がるプランテーションの人工的な緑に囲まれながら高速道を走り抜けていた瞬間にふと、その光景の異様さに恐ろしさを覚えました。資源が無限であるかのように開発を続ける人間。その姿を目の当たりにした時、ビジネスの現場から早急に社会を変えていく必要があると痛感してコンサルタントに転身することを決め、現在に至っています。人は生物多様性に支えられて生きています。そのことを忘れた生活の延長線上には未来はないと、強い危機感と使命感を抱いています。
田中:幼い頃から生き物が大好きで、学部では生態学を学び、卒業後、環境アセスメントに従事しました。しかし、アセスしても自然は保全されないという日本の状況に矛盾を感じて渡米。アメリカには自然保全に結びつく生物多様性オフセットやHEPなどの有効な政策や手法があることを学び勇気づけられました。現在は日本への有効な制度の導入と普及へ向けた活動に取り組みながら、大学で若い人材の育成に当たっています。地球は一つの生き物。地球がダメになれば、自然を守りたいという白血球のような若者も自然と生まれてくるはずでその受け皿としての人材育成に貢献したいと思っています。